読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

White Elephant

音楽の旅プロジェクト『White Elephant』の記録。

冬に向かう

日の昇る時刻がどんどん遅くなっていく。夏至を過ぎるともう、冬至を越えるまでずっと、北半球は闇の時間が多くなっていく。

北極や南極に近い地域は、極夜と呼ばれるほとんど日の昇らない日々を迎える場所があると聞く。きっと心の強い、優しい人達にしか住むことの出来ない場所なのだろうと思う。

東経123度から154度、北緯20度から46度の辺りに位置する日本は、幸い、一年を通して日が昇ってくれる。今日もようやく空は白んできた。

物事を、どちらかといえば良くない方向から想像する癖のある私にとって、朝日が昇ることは、日々、救いである。

眠りに着くのが早い一方、真夜中に目を覚ますことが多い私は、夜の間ずっと胸が苦しくてのたうち回ることがよくある。怖くてなんとかもう一度眠ろうと努力するのだけれど、心も脳味噌も怖がっているから、ろくな夢を見ない。今日は、何者かに薬を飲まされて、心肺がゆるやかに停止していく夢だった。御嶽山の報道で、「心肺停止」という文字を何度も耳にしたからだろう。

ゆっくりと自分の体が動かなくなり、息が吸えなくなっていくというのに、何故か私は海を渡ろうと、海水に突入していく。そこには、陸では走ることのなくなった車がぷかりと浮いており、私はその空っぽの浮いた車に手を置きながら、自分はもうすぐ死んでしまうのだなあ。と、生命活動を阻まれ戸惑う細胞の揺らぎを感じつつ、それを遠巻きに見ている人々に向かって、「ね。こんな風に人間の体というのは、機能を停止していくんですよ。」と、まるで実験結果を披露するように、話をしている。息が吸いたい。でも吸えない。苦しい




思っていたら目が覚めた。
まだ、夜だった。



でもそれからしばらく時間が経った今は、灰色の空が次第に光を集めながら輝いているし、からすが「かあかあ」と、間延びした声で誰かに向かって鳴きあっているのが聞こえてくる。


ただ、朝が来るだけで

きっと大丈夫だ。


そう思うことが出来る。



けれどもあの人には永遠に、朝の光は訪れない。それはどんなに苦しいことだろう。

朝を無事に迎える度に、私は一人の友人の朝を想う。

そして、愛おしい人達のそれぞれの朝が今日も苦しみの中にないだろうかと想像をする。



なにもかも
果てしない。


かといって
人生は瞬く間。





それは闇のうちでも尚、光である。